今号から始まる世界地域別情勢特集!今週は注目の中東だ
Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2016年 3/8 号 [創刊30周年 特別企画 国際情勢入門 中東超解説]
今号のニューズウィークを読んでいて、正直にさすがと思った。
ニューズウィークの主張は簡単だ。 中東の情勢は複雑だ。 むしろ中東の情勢を簡単な言葉、たとえば「宗派対立」、「地政学」、「覇権主義」、「テロリズム」、「民主化」、「独裁」、こういった言葉で一言で片付けようとする分析はそれだけで中東の現実を見誤っていると断言できる。 そういう声がこの渾身の記事からは聞こえてくる。
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まず中東国家は自らの覇権主義を宗派対立という言葉で巧みにカモフラージュしている。 16世紀から18世紀にかけて中東地域では巨大なスンニ国家オスマン帝国とシーア派サファヴィー朝は基本的に共存していた。 宗派対立はこの地域にとって歴史的に必ずしも重要なファクターではなかった。宗派対立が持ち上げられるのはそれが必要とされるときであり、それは大抵現状変更を望む思惑に絡む。
そうして各国が宗派対立を持ち上げると人々の宗教熱は高まり、テロリズムはその論理の中で変容していく。 本来中東のテロリズムは欧米、とくにアメリカのキャピタリズム的帝国主義に対する反感をその根幹としていたはずのものであり、中東既存国家の枠組み自体を必ずしも問題としなかった。 だが、いまやそれはイスラム主義と多元世界の対立という新たな次元へとハイブリッド化・高度化しており、イスラム主義内部の純化さえ目指して中東既存国家の支配体制を揺るがしかねないものとなっている。
イスラム国が支配下の考古学的価値のある遺跡を「非イスラム的だ」として破壊するさまは強烈な価値観の転換をもたらす。 イスラム的なるもの以外には価値がない。 既存国家であってもイスラム的でなければその支配原理に正当性と正統性はない。 ではそのイスラム的なるものを担保するものは何か。 それが彼らの掲げるカリフ制であり、イスラム国がイスラム的価値観を独占しようという野望である。
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資源に溢れ、交通の要衝である中東は地政学的にも重要だ。 欧州から東アジアへと向かうユーラシアの大きな流れはこの地域を通らなければアフリカかアメリカ、あるいはロシアの支配する領土の上空か北の海を通らざるを得ない。
しかしアメリカから見ればどうか。
アメリカは太平洋と大西洋を通じてアジアとヨーロッパにつながっており、この地域に実はそれほど地政学的野心はない。 それでもアメリカがこの地域の政治に積極的に関わってきたのは石油資源の確保という大量消費社会の根本資源をこの地域に依存していたためだが、シェール革命によって国内需要をまかない始め、産油国となったアメリカはこの地域への関心を急速にしぼませているのだ。
またかつては政治的要因として冷戦という特殊状況もあったが、ソヴィエト・ロシアの解体とその後のロシア資本のグローバリズムへの従属化によってロシアはもはやアメリカ資本主義にとって突発的な紛争要因になるとしても、根本的な脅威ではない。 かつての工業国ソ連と異なり、プーチン・ロシアの資源依存の高い経済構造と抑圧的な政治体制はアメリカに対抗できるほど強靱ではないのだ。
むしろ今後この地域への関与を強めざるをえないのは欧州・中国・東南アジア・日本であり、アジア地域全体でのアメリカのプレゼンスの後退と中国の海洋と内陸への進出、それに対する日本と東南アジアの沿岸島嶼国家の対抗意識はこうした構造的変化に支えられている。
アメリカにとっては彼らから見て地球の裏側にあたる地域はもはや自らコントロールするほど重要ではなく、一定の安定をしてくれれば、テロリズムのISを除いてそこで誰が覇権を握ろうとあまり関係ない。 中国と共存できるというアメリカの意識と、中国の台頭は死活問題だという日本の意識の違いはここにあるのであり、それはアメリカによるこの地域の安定の恩恵を大きく受けていたのが日本であったからだ。
この地域にいまだ資源を依存する日本は、中国やロシアの支配する中東に今までどおりの恩恵を見いだすのは難しい。 だからアメリカが中東から手を引きつつある情勢で、安保法制関連審議で唐突に「ペルシャ湾」の言葉が俎上に載るのも、中東での日本のプレゼンス発揮のために安保法制は欠くことができないという政権側の強い認識を背景としている。
したがってイスラム国が一見中東に政治的関与をしていないように見える日本を標的国家とするのは情勢認識的に普通で正当であり、むしろ長期的にはイスラム国家は日本や東アジア国家に注視していく。
すでに中東発のテロリズムは欧州・東南アジア、そして中国にまで到達しているのであり、アメリカでのテロ危険度は911を境に逆に減少している。 それは中東における各国のプレゼンスをそのまま反映していると考えざるを得ない。
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イスラム主義の台頭は同時にイスラエル国家へのインティファーダも増大させている。 それがあまり強く報道されないし焦点とならないのは今はまだシリアという不安定地域が奇しくも各勢力の争奪と勢力調整地域となって中東を安定させているからである。
16世紀~19世紀にかけて欧州列強がイタリアを分割状態においてその中の力関係で利害調整をしたように、シリア情勢はどこか一つの勢力が一人勝ちしない構造になっていることで、じつは中東全体の利害対立を激化させない調整弁となっているのだ。
つまり世界の首脳部の誰もが実際はシリア問題の解決など望んでいない。 シリア問題はそれに関わる各国にとってむしろ自由にナショナリズムを高めることが出来る都合の良い魔法の壺みたいなものである。 シリア問題に付随して起こっているロシアとトルコの対立、イランとサウジアラビアの対立を見れば、国内矛盾から目をそらすためにシリア問題を巧妙に利用する各国の姿勢は明確だ。
切実に動くとすれば難民問題で直接ダメージを受けている欧州だが、欧州はいまや政治経済上の対立が激化して域内でまとまることはできない混乱状態にあって一丸としてシリア問題解決にあたることはできない。
しかし各国の膨大なナショナリズムと覇権主義を調整するにはシリアはあまりにも狭い。 だから宗派対立を装いながら各国の覇権主義は別の周辺国家も巻き込み始めている。 イエメン、リビア、そしておそらくエジプト。
この中東の動乱がニューズウィークのいうように第三次世界大戦というべきものに進むなら、個人的にはすでに対立が激化しているイエメンやリビアよりもむしろ、隠れた火薬庫であるエジプトの行方が焦眉であるように思う。
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ともかく今号のニューズウィークは中東についての豊富な情報を提供しており、非常に読み応えがあり、いろいろと考えさせられる。 この地域別特集は都合4回続くそうだが、次号以降が楽しみでならない。
Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2016年 3/8 号 [創刊30周年 特別企画 国際情勢入門 中東超解説]